テーマ:宮地岳線

西鉄宮地岳線 最終回

 宮地岳線の終点、津屋崎。玄界灘に面したこの町は、江戸時代には海運と塩田で栄えていたという。   幅がやや狭い島式ホームには13分という中途半端な間隔のダイヤで運行しているため、電車が発車したと思ったら間もないうちに次の電車が滑り込む。だが乗客は多くてもせいぜい十数人とまばらなのは少々寂しい感じがする。線路の終端部の先には、もう電…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

西鉄宮地岳線 6

 西鉄福間の次は宮地岳線の名前の由来で、宮地嶽神社の最寄の駅でもある宮地岳だ。だが、この駅のホームは片面しかなく、日中は無人化されている。お決まりのように150円の運賃を運賃箱に入れたら、とうとう小銭がなくなってしまった。  宮地岳の駅には神社に向かう多くの参拝客を目論んでいるかのように、臨時の改札口ときっぷ売り場が設置され、マイ…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

西鉄宮地岳線 5

 10時48分に花見を出発。3両編成の電車の中に乗客がわずか6~7人くらいしかおらず、ガラガラの状態でてくてくと終点まで進んで行く。  次の西鉄福間は交換設備が可能な対向式ホームを持つ。ワンマンの車内から「きっぷ、運賃は運賃箱にお入れください」というアナウンスが流れる。この駅も日中は無人化してしまうようだ。150円の運賃を払って西…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

西鉄宮地岳線 4

 宮地岳線のルーツは博多湾鉄道汽船という会社であった。  博多湾鉄道汽船は福岡市北東部の近郊路線に付け加え、筥崎八幡宮・香椎宮・宮地嶽神社の参拝客の輸送を見込んで、1924(大正13)年5月に和白~新博多(晩年の千鳥橋)間が開通。翌1925(大正14)年は和白~宮地岳間も開通した。計画としては石炭輸送目的として、宮地岳から飯塚まで…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

西鉄宮地岳線 3

 西鉄新宮を出て、左手の松原をなんとなく眺めているうちに、あっという間に古賀ゴルフ場前に到着してしまった。  ホームが片面しかないこの駅は駅舎を出て左側の踏切を渡ると、駅名の由来となった古賀ゴルフクラブがある。駅のまん前にゴルフ場があるのは珍しいかも知れないが、ゴルフは何かと道具が多いスポーツなので、ゴルフ目的でこの駅を利用するこ…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

西鉄宮地岳線 2

 宮地岳線の電車は貝塚を出て間もないうちに、鹿児島本線の線路と併走する。  鹿児島本線は九州の大動脈であり特急、普通列車ともにデザイン性の高い車両が颯爽と駆け抜けていくのに対し、こちらは西鉄大牟田線のお古をトコトコと、のんびり走る。  そんなお古の電車が、近代的な高架の線路を上っていく、高架上でたどり着いた所は西鉄千早である…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

西鉄宮地岳線 1

 2006年11月30日。神岡鉄道の最終列車が終点で見たものは、無数のキャンドルにつけられた灯火だった。  それは神岡鉄道の社員の粋な計らいによって、別れを惜しんでやって来た地元の方に配ったものだという。そして彼らは暗く冷たい雨の中、傘もささずにキャンドルの灯を保ったまま最終の列車を迎えてくれた。それは精霊を天へと送っていくために…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more