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大勢の乗客を乗せた銀河線は9時55分定刻通りに池田を発車。私もできるだけ窓の景色を見たかったが立った状態であまり身動きが取れなかったし、時折前かがみにならなければならないので少しきつかった。車内ではデジカメを持っている人が多数見受けられるし、中にはいちばん前でビデオカメラを構えている人もいた。 私の最初の下車駅は本別である。銀河線内は7つの市町があるが本別はそのうちの一つ、本別町の中心地だ。駅舎は「ステラプラザ」というコミュニティー施設を備えた駅舎で大きくて立派な駅舎である。駅に下車して駅舎に入ると小さな売店があるが駅員はいない。銀河線内の有人駅はどの駅も休日は窓口営業を行わず、終日無人にしてしまう。 地元の子供が銀河線のグッズを買おうと思って駅にやって来たが駅員がいないため、必死になって謝っている売店のおばちゃんの姿が切ない。それを見ていた中年の夫婦は 「銀河線はサービスが悪いね。それじゃ廃止しろって言われるのも仕方ないね」 とお怒りの様子だった。もちろん窓口がやっている平日は子供たちは学校がある。 この日は3連休という事もあって乗客は確かに多かった。だがそれは廃止の話題が表沙汰になった事によって乗客が増えたことであり、会社側も今までどおりの対応だったのかもしれない。廃止日が近づくにつれて今後乗客が増えるのは目に見えているので車両の増結や駅員の配置などしっかりとした措置をとってもらいたい。 次は高島に行ってみた。第3セクター化されて木造駅舎から改築されていった駅舎が多い銀河線の中でここは昔ながらの木造駅舎が残っている。タブレット閉塞の頃は駅員がいたそうだがCTC化された今は無人化されている。それでも交換設備は残っていて実際に列車の行き違いが行われている。駅の裏にはジャガイモなどの貯蔵庫、駅前は郵便局や学校などがある小さな集落である。ほんの数十メートルの距離だが、主要道から駅へ行く道路、歩道ともガタガタで「駅へ行く道を整備したってもう意味がない」という半ば諦めの印象を受けた。 高島から列車に乗ったら今度は小学生の子供たちがたくさん乗っていた。こういう子供たちは無邪気で元気がいい。南本別〜岡女堂間で並走する国道242号線を走る車に向かって子供たちが一生懸命ドライバーに向かって手を振り、ドライバーもそれにしっかりと応えてあげる。列車が国道の車を追い抜くと今度はその前の車に向かって手を振って、そのドライバーも応えるという何とも微笑ましい光景が印象的だった。 そんな楽しい光景を見て私は足寄に下車した。ここは日本一広い町として有名な足寄町の中心地で、松山千春の出身地としても有名だ。駅舎は道の駅「あしょろ銀河ホール21」になっており、2階には松山千春関連の展示品が置かれている。またこの駅舎には高さ35メートルにも及ぶ展望塔があり足寄の町を一望できる。頂上までは階段しかないので上るのが大変な所が難点だ。 次の列車が来るまで少し時間があったので、松山千春の家に行ってみた。地図を参考にすれば駅から徒歩7〜8分で行ける。家のガレージの上には千春の全盛の頃と現在の肖像画がある。この時も車でやって来た観光客がおり、「写真を撮ってあげるよ」と言われたのでありがたく家と肖像画をバックにして写真を撮ってもらった。 足寄が生んだ有名人として鈴木宗男の名前も挙げておく。池北線時代に第二次廃止対象路線に指定されながらも必死のアピールで第3セクター化させ、銀河線が今日まで頑張ってこられたのも彼の業績が大きいのだから。 足寄で池田方面へ行く列車を待っていたら。数十人といった子供たちがやって来た。保護者の人は「こんなにいっぱい乗れるかな?」と疑問視していた。 私としても「まさか乗るの?たぶん1両だよ」と思いながら次の列車に不安を抱いた。(つづく) |
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